私は浅井の娘 淀君と石山寺

  • 2020.06.21 Sunday
  • 17:01

 

 戦国時代は、武将たちが華々しい戦いを繰り広げた時代。というイメージが先立ちます。華々しい戦い、しかし現実は、命のやり取りであって、好んで戦いの場に臨んだ武家がどのくらいいたのか、オオヌマズには疑問です。できるなら戦いたくはない。何故なら「死にたくない」からです。一度死ぬと、普通はこれで終わりです。だから「死にたくない」。これが普通の感性かと思います。ドラマ・小説の世界は、事実とは異なるフィクションの世界、と割り切って楽しみたいものです。

 

 さて、人口の約半分は女性です。当然、戦国時代にも女性はいました。当たり前です。そして、女性たちも戦国の世を生き抜きました。当たり前です。しかし、戦国の女性の生き様は、なかなか歴史として残されていません。その中でも近江には、戦国女性の足跡が比較的多く残されています。今回はその中でも、豊臣秀吉の側室であった「淀君」と近江との関係を紹介します。

 

 淀君は、永禄十二年(1569)年頃、小谷城で生まれました。幼名は茶々で、父は浅井長政、母は織田信長の妹のお市の方です。お市の方は戦国時代きっての美人だったといわれます。が、美女の概念は時代によって異なりますから、お市さんが、現代人が感じる美人であったかどうかは解りません。ともあれ、当時の感覚では美人だったようです。

 

 翌、元亀元年から浅井長政と織田信長は、志賀陣と呼ばれる泥沼の戦いに突入し、この間、茶々は五歳くらいまで小谷城で暮らしました。この時、小谷城から琵琶湖、そしてここに浮かぶ竹生島の神々しい景色を日々見つめたことでしょう。

 

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小谷城から望む竹生島
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長政・お市とその子供たち

 

 天正元年(1574)、小谷城は落城。茶々は、母と二人の妹共に小谷城を脱出し、信長の叔父の織田信次に預けられ、信長の庇護のもと、不自由なく暮らしていたようです。しかし、天正十年(1582)、信長が本能寺の変に倒れると、その戦後処理の一環としてお市の方は、柴田勝家に嫁ぎ、母子は福井の北庄城に移ります。しかし、天正十一年賤ケ岳の合戦で勝家が破れると、勝家と共にお市は自害。この時、茶々と二人の妹は脱出し、秀吉により迎えられ、安土城で織田信雄が後見としてしばらく暮らしたようです。

 

 ほどなく、茶々は秀吉の側室として迎えられ、豊臣秀頼を生み、「淀の方・淀君」と呼ばれるようになります。この時点での淀君の豊臣家女性陣のランクは、第三位(一位:北政所・二位:お松の方・三位:淀君)です。意外かもしれませんが、お松の方は、京極家出身で、浅井氏は最後まで京極家の家臣だったため、家柄から淀君はお松の方の下に甘んじていたわけです。二人の間には序列を巡る激しい葛藤があったといわれています。

 

 秀吉が亡くなると、淀君は、秀頼の生母・後見として、絶大な権力を振るうようになり、この事が、周辺との軋轢を生み、淀君は非常に苦しい立場にあったと、言われています。こうした中、徳川家康は、豊臣家の財力をそぐため、戦国の世に荒廃した社寺の復興への助力を勧めます。この一環で北政所は園城寺本堂を寄進しました(http://omi-rekishi.jugem.jp/?eid=57)。そして、茶々は石山寺の礼堂を寄進します。

 

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石山寺大門(この修理も淀の寄進により行われた)
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石山寺本堂(左側が礼堂)

 

 何故、石山寺なのか?その真相は解りません。しかし、石山寺の御本尊の如意輪観音は、女性の守り神として古くから、女性の信仰を集めてきた観音様です。戦国の世に翻弄されつつも力強く生き抜いた淀君ですが、石山寺の観音様に救いと安寧を求めたのかもしれません。本堂と同時に本尊のお前立の如意輪観音も淀君が寄進しました。信仰心もさることながら、北政所もそうですが、巨大なお堂を個人の財で「ポン」と寄進できる、当時の女性の財力の高さにも驚かされます。

 

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石山寺礼堂
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石山寺礼堂
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石山寺礼堂

 

 さて、竣工した本堂には、これを記念する額が掲げられました。ここには寄進者として「江州北郡浅井備前守息女(近江の湖北に君臨した浅井長政の娘)」と書かれています。「豊太閤室(太閤秀吉の側室)」ではないのです。淀君は最後まで、近江の浅井の娘であることに、強い誇りを持っていたことがわかります。何故でしょうか?それは解りません。しかし、少女のころ小谷城から母と共に眺めた「聖なる琵琶湖」の心が、彼女に強く刻まれていたため、と考えたいです。

 

 今回のお話は、琵琶湖汽船株式会社が発行した「戦国シート[戦国の女性達]」にも掲載しました。琵琶湖に来られた際には、琵琶湖汽船が発着する港を覗いてゲットしてください。

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